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江戸天文学|Rumi Rock キモノ

江戸天文学
江戸天文学
江戸の天文学 Edo Astronomy

江戸時代の、地動説

江戸時代、暦を発行することを公家の仕事から幕府の仕事とすべく、正確な日食の時間をはかるため研究がされてきました。渋川春海(しぶかわはるみ1639-1715)は日本独自の暦を作り、天の動きを正確に理解するために装置を作り、天体観測を行ないました。徳川吉宗は現在の蔵前に、天体観測所と天体望遠鏡を作らせ、自ら観測を行な現在いました。浅草天文台は北斎の絵にもみられます。18世紀後半には長崎を通じて西洋の地動説が日本に紹介されました。

本木良永の『天地二球用法』が初期の紹介文献とされ、後に司馬江漢が広く世に知らしめました。司馬江漢は寛政8年(1796年)にまとめた版画集『ORRERY図』では太陽の周りを水星、金星、地球、火星、木星、土星が公転する図を載せ、地動説など西洋の天文学や地理学の紹介しました。これは日本の宇宙観の転換を促し、当時の天文学者たちが西洋の知識と格闘する中で、天文学の発展を支えたのです。